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――改めて、それぞれの作品を書かれた背景を教えていただきたいのですが。

内藤 『青木さん家の奥さん』をやったのは切羽詰まった時期ではあったんだけど、いつかはやろうとは思っていたこと。役者が「台詞を言う」という行為のリアルさは、真実であれ、嘘であれ、出まかせであれ、その人のなかから出てこないと「台詞を言う」こと自体の行為にリアリティがない。それを、どう出せば良いのか、会話をどうリアルに舞台の上に上げていくか。それは完全即興になればなるほど全部がリアルになるわけだから、枠組みを作ってやろうというのが『青木さん家の奥さん』。ただ、即興訓練や即興的実験というのは、たまたま出現したファインプレーに頼らざるを得ないところがあって、稽古場では良いにしろ、観客に見せるものになるかどうかは別。稽古場では見せる必要ないから、ぐだぐだになったとしてもどこまでもやれば良いんだけど、人に見せることを前提にすると、ある程度、遊び方の方針や方向性のようなルールを決めてプレーしていかないといけない。台詞はないけどルールはある、筋書きはないけどルールはある。つまり、スポーツみたいなもんだね。野球のようにルールがあるうえでゲームをすれば、そんなにつまらないゲームにはならない。なおかつ、プレイヤーに力があるならば、つまらない三審や暴投やエラーばかりはしない。ルールを決めておくことで、面白い三振と暴投とエラーもあれば、素晴らしいファインプレーも出るという、呈出して作品になるような即興の枠組みを作れないかって前から考えていたんだよね。見せるための即興的な1本というのは、稽古場でやっているのとは全くプレッシャーが違うわけで、枠組みが仮にあったとしても、どういう風に遊ぶかが決まっていないと、相当プレッシャーはキツイわけ。何が何でも見せなきゃいけないとか、何が何でも相手と向き合わなきゃいけないとか、何が何でも相手に付き合わなきゃいけないとか、いろんなことが出てくる。これは結果なんだけど、『青木さん家の奥さん』をやった人は、役者としてすごく良くなってる。だって、ちゃんと相手の台詞を聞かないとできないから。台本があると台詞が決まっているから、相手の台詞をよく聞いているつもりでも、予定しちゃってたりして、あまり聞いていなかったりするんだよね。そういう意味では以前から、プレッシャーのある<見せる形の即興的な試み>が、演劇の可能性にとっても必要だと思っていたんです。大学時代から受けていた即興訓練が、ひとつのある演劇的な可能性への試みとしての出し物にできないかっていう、自分のなかの思いや希望が、ラフだけどある程度形になったものが『青木さん家の奥さん』ですね。

平田 『青木さん家の奥さん』は何年の作品ですか?

内藤 1990年かな。

平田 『S高原から』は1991年の作品ですから、同じころですね。僕は、当時、今のスタイルが始まったばかりで、『ソウル市民』(1989年作)や『カガクするココロ』(1990年作)のように、とにかくネタとして、新劇だったら辛うじて扱ったかもしれないけど、それまでの小劇場の作家が扱ってこなかったものを扱おうと思っていたんです。『ソウル市民』では植民地時代のソウルの人々を、『カガクするココロ』では科学者を、という風に。『S高原から』を書いたときは、三島由紀夫さんが書いていたみたいな超スノッブな世界を描きたかった。貧乏臭いのが嫌いだったというか、貧乏なのと貧乏臭いのは違うでしょ、貧乏だからって貧乏臭くする必要はないだろうと思っていて。それで、当時できる一番スノッブな感じの芝居を創ろうと思ったんですね。それと、僕はだいたいいつも文学作品からインスパイアされるんですけど、『S高原から』を書いたときはトーマス・マンの『魔の山』と堀辰雄の『風立ちぬ』からインスパイアされて。『魔の山』みたいな長編小説が好きで、そういうものをグッと圧縮するようなものを書きたいと思っていたんです。あと、91年当時は、まだバブルの名残があって、世の中がバブルを信じていたころだったので、「いやいや、人間みんな死ぬでしょ」というのが一番書きたかった。「あんたたち、いつまでもこの繁栄が続くと思うなよ、みんな死ぬんだぜ」って。バブルの恩恵をまったく受けなかった僕としては、そういうのもすごくありましたね。

――いずれの作品も長きにわたって、いろんな方が上演されていますよね?

平田 本当に、両作品とも小劇場界でこれほど長く上演してもらっているというのは、ありがたいこと。日本では、作品はすぐに消費されちゃいますからね。

内藤 正直なところ、僕自身が出ている『青木さん家の奥さん』は演出しながらやっているんだよね。つまらないときは「つまらない」とダメ出しをしながらやってる(笑)。これ以上発展しないなと思ったら次に行っちゃうし。作家である僕自身が出ることで、辛うじて大雑把にならずにできるんだけど、それでもそこまでたどり着くのに結構時間が掛かったわけ。だから、「このホンをやりたい」という方がたくさんいらっしゃるんだけど、果たしていきなり稽古をしてちゃんとできているのかなっていうのは思いますね。ある程度、台本ができちゃうくらいまで稽古をしないと、見せ物にならないんじゃないかなって。ジャニーズがやったとき(大野智主演/2002年上演)は、稽古を見に行ってアドバイスもしたけど、それ以外のところでやったものは、僕の耳に「面白かった」と入って来ることはあまりない。逆に、「あんなひどいものは初めて観た。びっくりです」ということは言われたことがあるけど(笑)。

平田 失敗しちゃったんだ(笑)。あれ、失敗すると悲惨だろうなぁ。

内藤 「あんなぐだぐだなものを見せられた方の身にもなれ」みたいな感じで、僕自身も誤解されてしまっていることもよくあるよ。

平田 そんなこと言ったら、僕の台本なんてもっとヒドイ目にたくさんあってる! だって普通にやったらつまんないんだもん(笑)。

内藤 活字にするのは、そういう宿命があるんだよね。

平田 そうなんです。しょうがないんです。