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――話は戻りますが、それぞれの上演作品は企画段階から決まっていたんですか?

内藤 僕のものをやるとしたら『青木さん家の奥さん』しかないでしょ。

平田 いやいや。『青木さん家の奥さん』をやるんですけど、ここ半年で内藤さんの他の戯曲も相当読んで研究しましたよ。別役実さんの『マッチ売りの少女』を演出したときもそうなんですけど、別役さんの他のホンからも引用したんです。金杉忠男さんのホンのときも、太田省吾さんのときもそうで、許可をいただいて他のホンからも引用させてもらって、オムニバスみたいな感じでやっているので。今回は他のホンからどれだけ入れるかまでは考えていないんですけど、とりあえず戯曲は最初から全部、自分で書いています。

内藤 『青木さん家の奥さん』は他の作品より相当特殊だから、他のホンからもうまく引用をしてもらえたら良いんですけど。

平田 初期作品から全部、『唇に聴いてみる』(1985年作)も入れて。でもそれは内藤さんにしか分からないようなマニアックな引用になると思う。

内藤 それは楽しみだね(照れ笑い)。

平田 こういうときは、ある種の相当な思い入れと誤解に基づいて、「この作家はこうだ」と決めないと書けない。実は僕自身、商店街の生まれ育ちで、隣が酒屋。家の裏が繋がっていて、そこがまさに『青木さん家の奥さん』で描かれている、ビールケースがバァーっとある風景なんですよ。子どものときから、そういうところで遊んでいたので馴染みの風景で。でも今はああいう風景はないんですよね、酒屋が配達をやらなくなって。

内藤 そうそう、量販店ができちゃったからね。

平田 それで考えたのは……私たちは中間世代であって、そういう風景が子どものころはギリギリあったけれども、今はないみたいなところにちょっと着目してみました。内藤さんの作品って、当然、唐十郎さんの作品から影響を受けていると思うんですけど、唐さんには「原体験」があるけど、内藤さんの作品には常に「原体験の喪失」がモチーフにあると思うんです。そういう喪失感というか、「失われた原体験」というか、もしかしたら本当は体験もしていなくて頭のなかで「原体験」を「確かこうだったよな」ってでっち上げているみたいなところがあって。例えば僕の場合だと、都電。3歳まで走っていて、乗ったことはあるんだけど、明らかに記憶のなかで増殖しているんですよ。そういうものが共通項としてある。それに、だいいち、あの芝居はおかしいじゃないですか(笑)。6人も酒屋にいて、1人も配達に行かないなんて、「どうなってるんだ、早く配達に行けよ!」って(笑)。そのある種の不条理性を拡大させて、何を「届ける」のかをキーワードにして、書き直しているところです。

――内藤さんが『S高原から』を選んだ理由は?

内藤 この機会に、平田くんのいろんなホンを読んだんですよ。同時多発的な試みをコアにやっている作品は、ある種のリアリティとか、舞台上の現象をどういう風にリアルに提示していくかみたいなことの実験でもあるんだけど、それは戯曲上の実験と演出上の実験が一緒に入っているわけ。その演出上の実験は平田くんと青年団の実験だから、そこに僕らが切り込んでいって、少し混乱させてやろうっていうのは今回の機会には向かないなって気がして。だから、チェーホフやシェイクスピアを上演するときと同じように、戯曲を僕なりに読んで、そのなかからエッセンスを抽出して、どこにこだわって作るかっていうのを対戯曲として取り組める作品が良いだろうと思ったんです。でも、『S高原から』には記号論的な戯曲表記はチラッとはあるんだけど、割と少ないんだよ。意外にシンプルで、かつ重要なホンだなぁと思った。社会性やグローバルな世界観とは違って、もっと個的というか、個人の内面的なものが散りばめられていて、踏み込むには面白いんじゃないの?って思ったかな。同時多発的な台詞の試みっていうのは非常に面白いし、多重構造的に「実はその混乱が何か意味を持っている」という形で、もっと拡大してやってみても面白いかなと思ったんですけどね。同時多発的なものをもっと発展させて、「雑多な混乱こそが日常なんだ」みたいなところを遊べる方法は多分ある。だけど、僕は物ぐさだから無理ですね(笑)。

平田 僕も、もっと登場人物の多い作品をやる手もあったと思うんです。内藤さんが南河内万歳一座でやっていることを、僕の方法論ですごく整然とやるという面白さとか(笑)。あるいはパワーとスピードで乗り切っているところを、全然騒がないでやってみるという手もあったと思うんですけど、それは本当に大変になので(笑)。

内藤 大変だよね。

平田 それをするために、お互いもう10年くらい別の演劇人生を歩まなくてはいけなくなるから(笑)。